再び鎌倉山(2012.7.16)
column | 再び鎌倉山(2012.7.16) |
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7月16日は朝から暑くなりそうな天気だった。昨日の雨で湿度も高くジトジトしている。今日は鎌倉山のルートを登る予定だ。朝7時「中央ルンゼ」の岸壁に向かうとまだ岩肌が濡れていた。鎌倉山の岩は濡れると滑りやすく危険だが、とりあえず1ピッチ登ってみた。そこから分岐する「右ルート」方面は朝日が当たっているためか岩は乾燥してきている。予定変更し「右ルート」を登る事とした。だが最近あまり登られていないようで、残置ハーケンは全て錆び付いている。支点にするには不安だが、他にとれる所もない。岩の亀裂部から自生している低木も補助支点にしながら慎重に登攀していった。
そもそも最近の大学山岳部はロッククライミングしているのだろうか。自分が学生現役のころの鎌倉山は、いつ来ても混雑していた。入部したてのころは当然車も持っていなかったし、仙山線しか交通手段はなかった。作並駅で降りるとそのまま線路沿いに歩いて入山していた。駅員から何も言われなかったし、彼らも双眼鏡で鎌倉山を登攀する様子を観察して楽しんでいた。福島県立医大の山岳部とピナクルで会った事もあった。東北大山岳部、登高会などの部員でにぎわっていた。岩の練習としては非常にいい山だ。
我々「城整山の会」のメンバーは沢登りをする前に、毎年ここでザイルワークや岩場の足慣らしをしている。今日は全国で最高気温を更新するほどの暑さだった。太陽が岩に照りつけ一層厳しい暑さだ。こんな日は沢に行っていればよかった。そう思っても後の祭り。とにかく他のメンバーを安全に下山させるまで気を抜いてはいけない。切り立った岸壁をそろりそろり登って行った。帰ってから娘に写真を見せたら、こんなところ登るなんて気違いじゃないと言われてしまった。確かに普通の人には尋常ではないことをしている。しかしザイルワークを確実にこなし慎重に確認して登れば、通常立ち入れない危険な場所まで安全に行く事ができる。その景色はまさしく非日常の世界だ。時折岩の割れ目から名も知らないきれいな花が微笑んでくれる事もある。どうしてこのような可憐な花がこんな場所に咲いているのだろう。そして自分はなぜ今こんな事をしているのだろう。
学生時代、実は岩登りで滑落したことがある。もしザイルが切れていたら滑落死していただろう。昭和56年5月31日だった。艮崚山の会メンバー数人で黒伏山へ行った。自分は先輩と2人で三原ルートを登っていた。快調に登攀し、岸壁の120mほどのところでファーストになった。岩場からブッシュ帯に入ったが、前日の雨で泥化した土の部分で足を滑らせてしまった。両手はブッシュを握っていたが、体が左へ大きく振られてしまい、どうゆう訳かその瞬間に手を離してしまったのだ。体は宙を舞い反転、ブナの新緑が眼下に一面に広がった。恐怖心は全くなかった。次の瞬間ズズッと下のブッシュ帯まで落下したが、幸い体は何処にもぶつからなかったようで痛みはない。何の衝撃もなく20m落下したところでザイル停止した。先輩がすっかり青ざめてこちらの様子を伺っている。「大丈夫でーす」返事をしたものの、ジャージの右大腿部が裂けて血が飛び散っていた。脚は動かせる状態だった。幸い骨折はなかったが、大腿四頭筋の筋膜まで達する裂創だった。山頂まであと少しだったが、これ以上登攀は不可能だ。笑顔だが動揺ぎみに先輩が「降りられそうか?」と具合を聞いてきた。その場で何とか立てたが、右脚を突っ張るのが精一杯だった。近くのブッシュに支点を取り、もう1本ザイルを出して8環にかけた。岸壁に垂直になるよう体勢をとり、1回40mの懸垂下降を何回か繰り返し、やっとのこと地面に降り立った。他のルートを登っているメンバーとそこで合流した。少し雨が降っていた。何とか助かった。その年、剱岳で夏山合宿があった。母親に反対されたが、父親からの「やらせてあげなさい」の一言で合宿に参加した。しかし剱の岩に取り付いて、それまで感じた事のない岩登りの怖さを初めて感じた。今もその時の事は忘れないし、忘れてはならないと思っている。そしてどうして今も山を続けているのだろうと常に自問している自分がいる。
「おーい、大丈夫か?ザイルちゃんと確保しているから安心して登っていいよ」セカンドのT隊員に声をかけた。今回のメンバーのT隊員は女性ながら、なかなか根性がある。怖くてハカハカしているだろうけど弱音を吐かない。足取りはしっかりしているので大丈夫そうだ。ラストのE隊員は、まるで自衛隊員のようで頼りがいがある。しかもその行動は慎重そのものだ。うだる様な暑さの中、絶壁の恐怖を感じながらも着実に登ってきた。万が一セカンドがスリップしても、トップが確保していれば滑落する事はない。滑落の危険が高いのはトップが登っている時と、懸垂下降の時だ。彼らの不安を軽くするためにも、自分は終始余裕の笑顔で話しかける。このルートを登りきれば、きっと彼らの自信にもなるだろう。岩山の頂にでると風が心地よかった。この暑さと緊張で皆の疲れはピークに達していた。しかし地面に降りるまで安心はできない。下降地点に支点を確実に取り、ザイルに下降器をセットした。お互い間違いのない事を確認し「中央ルンゼ」を懸垂下降で下まで降り立った。
記事の投稿日:2012年07月22日