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槍ヶ岳(2010.9.18-20)

column 槍ヶ岳(2010.9.18-20)

 9月の連休、城整山の会の4名は槍を目指した。当初は槍穂高の大キレット縦走予定だったが、日程の関係で短縮する形となった。金曜の仕事終了後、夜8時仙台発の新幹線に乗り込み古川のメンバーと合流。松本に着いたのは深夜0時半。ここで水戸からのメンバーと合流し、お決まりのようにホテル向かいのラーメン屋でビール乾杯。自分は飲めないのでウーロン茶で乾杯。
 翌朝6時半出発したものの、早速忘れ物でホテルへ戻ることに。うちの山の会は何かをやらかしてくれるので話題に事欠かない。新穂高温泉から鏡平経由で双六小屋へ向かう。天気は晴の予報だったが、稜線は雲の中で視界がなくしかも長い夏道が続くので精神的にも体力的にも参ってしまった。自分が学生のころ属していた艮崚(ゴンリョウ)山の会では、いわゆる夏山登山はほとんどなかった。というのも夏山は人が多く汚され新鮮みがない、単調な夏道歩きは面白みがなく忍耐でしかない(と考えていた)からだ。春は飯豊などでの雪訓に始まり、5月連休の朝日縦走など人の少ない山域を選んでいた。仙台市郊外の鎌倉山で岩登りの練習も行い、二口での沢にも通った。夏になると涼を求めて沢登りが中心となった。秋も紅葉の中、人の来ない岩や沢が中心だった。冬から春は雪山に向かった。アルプス銀座と言われる北アルプス縦走はした事もなかった。行くとすれば穂高や剱の岩登りだった。それが普通だと思っていた。今も基本的には人のいない山がいいと感じる。初心者にとってみれば、周囲に人が多いほど安心で気軽さがあるのは確かだ。昨年城整山の会で月山に春スキーへ行ったときの事、人の多いゲレンデ側から裏の誰もいない湯殿山側へ降りていった時、メンバーは非常に心細く不安になったとの事だった。それは至って当然の心理で、自分も山を始めた頃は同じ様な不安を持ったものだった。しかし誰もいない自然に対峙する時、徐々に五感は研ぎすまされ山と一体化していく自分を感じ始めた。そこに何とも言えない高揚感も感じた。登山者が多いということは安心かもしれないが、簡単に誰でも行けてしまうということで達成感も少なくなる。さらに人が多いと五感が鈍ってしまうのも事実だ。それは『冒険』を想像すれば容易に察しがつく。これまでの登山家達が世界の未踏峰にこだわって山に向かったことも同様だろう。今から目指す山頂が未踏峰だと思うと誰もが身震いするはずだ。山頂に達した時、そこからの眺めを最初に堪能できたのは自分たちだと感動することだろう。そして次にこみ上げてくる思いは、ここまで登らせてもらった仲間たちに対する感謝の気持ちだ。仲間と一緒に頑張ってきたという達成感だ。いままで自分は何回か海外遠征に行かせてもらった。その感動を味わう事ができたのも、一緒に頑張ってきた仲間がいたからなのだ。そしてその道程が困難であればあるほど大きいものになる。それが未知の世界であれば言うに及ばずだ。
 今回の槍は、そのような訳で冒険度は低かったが、仲間がいたからこそ山に入る事も出来たし無事帰ってこれたのだと思う。自分一人では決して行かなかっただろうし行く事も考えなかっただろう。双六小屋から槍を経由して新穂高温泉まで12時間行動という中年の我々にとっては学生山岳部並みの過酷な山行だったが、それだけに充実感があった。温泉での仲間との寛ぎも楽しいひとときだった。体力の限界までつき合ってくれた仲間に感謝。  52歳にもなってまだまだ青二才の独り言。

記事の投稿日:2010年09月23日


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